信託商品発展の歴史 ~そして新たなステージへ~
1 はじめに
信託法を専門にしていると、「信託って何ができるのですか?」と聞かれることがよくあります。また、学校や研修等で信託法について解説することがありますが、何故信託法が現在のような条文となっているかは、信託という制度がどのように使われてきたかその経緯を知らないとなかなか理解することが難しいというのが実情です(なので、私の法科大学院での授業では、信託法を教える前に信託の歴史や現在信託銀行が取り扱っている信託商品について説明することにしています)。
そこで、今回は日本において信託商品が発展してきた歴史について、その概略を説明することとしたいと思います。さらに、近年今までとは異なる発想に基づいた新商品の開発が行われていますので、その信託商品の内容および信託商品の未来についても触れることにしたいと思います。
2 信託法・信託業法制定(1922年)以降1970年代までに開発された信託商品
今から約100年前、信託業者に対する法的規制はなく、信託業という名のもと不動産仲介、貸金、株式売買、訴訟代行などを行う業者が乱立していたことから、1922年に信託法・信託業法が制定されました。
昭和不況や第二次世界大戦による経済混乱といった苦難の時期を経て、戦後は短期の運用商品が受託財産の大半を占めるという時期もありましたが、その後以下のような信託商品が開発されました。
① 貸付信託
1952年に貸付信託法が制定され、個人等から集めた資金を受託者が貸付等にて運用する貸付信託が開発されました。この商品は高い利回りを有する安全な商品であり、個人の退職金の運用ニーズ等を満たすものであったため、受託残高は順調に増加しました。
また、受託者である信託銀行は、貸付信託で集めた資金を当時資金需要が旺盛であった鉄鋼、石炭、重化学といった基幹産業に対して長期で融資したため、金融業界において長期金融機関としての地位を確立しました(なお、信託銀行の地位確立に大きく寄与した貸付信託は、その後の高度成長の終焉・直接金融化等の流れを受け、現在は廃止されています)。
② 投資信託
1941年に投資信託の第一号が設定された後、1951年に証券投資信託法が制定され、投資家から集めた資金を証券会社(その後その地位は証券会社から分離・設立された投資信託委託会社に移転されました)が信託し、運用するという現行の投資信託制度が創設されました。その後さまざまな法改正を経て、2000年の法改正(投資信託及び投資法人に関する法律)により不動産を含めた幅広い資産を運用資産の対象とすることができるようになりました。
現在投資信託は信託銀行の受託残高のなかで大きな割合を占めています。
③ 年金信託
1960年代後半からは会社が従業員のために年金を支給する仕組みである企業年金信託の受託が本格化し、こちらもその後確定給付企業年金法や確定拠出年金法の施行等さまざまな法改正がありましたが、現在も順調に受託残高を伸ばしています。
この時期に開発された信託商品は、信託引受時の財産は基本的に金銭であり、運用ノウハウを持つ受託者等が信託財産を貸付や有価証券等により運用するというシンプルなスキームであるところに特徴があります。
3 1980年以降2010年代までに開発された信託商品
1980年以降、信託商品は質量ともに急速な発展を遂げ、信託引受時の財産を金銭以外とするものや、信託を利用する目的についても、運用目的だけでなく、会計・税務・法規制への対応といったさまざまな目的を持つ商品が開発されました。
(1) 新信託法制定(2006年)以前に開発された信託商品
① 特定金銭信託・ファンドトラスト
特定金銭信託とは、信託財産の運用方法が委託者またはその代理人によって特定される信託商品であり、ファンドトラストとは、委託者が指定した運用の範囲で受託者に運用を一任する信託商品ですが、いずれも主として有価証券への運用を目的とするものです。これらの信託商品は、1980年に国税庁から出された簿価分離に関する通達(信託財産で保有する有価証券と委託者が自己で保有する有価証券の簿価を分離できる)をきっかけとして、急速に普及しました。
② 土地信託
1983年には地権者が土地を信託し、受託者は建物の建設等の開発、資金の調達およびテナントの管理等を行い、受益者にその事業収益を信託配当として交付するというスキームを持つ土地信託の取り扱いが認められました。
この商品は地方公共団体などにも利用され、土地所有者の有効利用ニーズに応える商品として高い評価を得ていましたが、1990年代前半のバブル崩壊後は採算性の問題等もあり受託件数は減少傾向にあります。
③ 流動化商品(債権・不動産)
以前から住宅ローン債権を信託し、信託受益権を機関投資家に売却することにより資金を調達する仕組みの信託商品は存在していましたが、1988年ごろからは銀行等の金融機関が自己資本比率改善の手段として、金銭債権の信託を利用した仕組みに着目するようになり、一般貸付債権信託等の取り扱いが開始されたことで、金融機関による金銭債権の流動化の信託商品の利用が広まりました。現在も金銭債権の流動化の信託商品は、資金調達手段の多様化や企業のバランスシートの改善といったニーズに応えるものとして利用されています。
また、1998年の流動化に関する法律(特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律)の施行をきっかけに、不動産の証券化が急速に進展しました。不動産の流動化の信託商品は現在も順調に残高を伸ばしています。
④ エスクロー信託
エスクロー信託は、売買取引等の取引当事者間において、安全・確実に金銭・有価証券等の財産を管理・交付することを目的として、取引当事者の間に受託者が入って、取引当事者の一方(委託者)から信託された財産を管理・運営し、一定の事由が生じた場合に、取引当事者のもう一方の相手方(受益者)に対し信託財産を交付するという信託商品です。
昨今利用者・投資家保護のため、法令においてエスクロー信託を設定することが義務付けられることが多くなってきており(例えば、資金決済に関する法律により資金移動業にかかる履行保証金や投資家が暗号資産交換業者に預託した金銭について信託を利用することが義務付けられています)、近年注目を浴びている信託商品です。
(2) 新信託法制定(2006年)以降開発された信託商品
2006年に新信託法が施行され、JDR、信託社債、担保権信託、受益者連続型信託といった新たな形の信託を組成することができるようになりました。また、従業員の福利厚生を目的とするESOP信託や財産管理能力の衰えた高齢者等をサポートするために家族等が受託者となる民事信託といった新たな信託商品も生み出されています。
① JDR
JDR(Japanese Depositary Receipt:日本型預託証券)とはアメリカで普及しているADR(American Depositary Receipt:米国預託証券)を参考に、新信託法にて新たに創設された受益証券発行信託を利用し、海外企業の株式や海外で流通するETFなどの有価証券を国内で流通しやすくするために作られた信託商品です。
受益証券発行信託を用いて金融商品取引所に上場する金融商品の銘柄数は増加傾向にあり、今後さまざまな財産に関する上場の場面において活用されることが期待されています。
② 信託社債
信託において債券を発行することができるのであれば効率的かつ優先劣後構造の明確な商品を作ることができるとして、新信託法において、信託財産を責任財産とした債券発行の制度である信託社債が創設されました。
2010年に私募の形式で信託社債の発行が開始され、2013年には公募形式での信託社債が発行されていますが、資金調達の手段として今後益々の活用が期待されています。
③ 担保権信託
担保権信託は新信託法により実務上取り扱いが可能となった信託であり、この信託を活用することにより、シンジケートローンなどレンダーが多数存在し、被担保債権の譲渡が想定されるような場合、受託者である信託銀行が担保権を一元管理することにより、担保権の管理・実行に関する手続きの負担を低減することができるという信託商品です。
担保権信託では、担保付債権を譲渡する際の煩雑な手続きが簡便化されるため、さまざまな担保資産について担保権信託の利用が増加しています。
④ 受益者連続型信託
相続人の死亡を条件として次の相続人が相続財産を取得するような遺言(後継遺贈)については、期限付きの所有権を創設することになるため無効とする説が有力ですが、信託の場合には所有権は受託者にあり各受益者は信託行為により受益権を原始的に取得するため、民法上の後継遺贈の問題は生じないとして、新信託法では、受益者の死亡を条件として次の受益者が受益権を取得するという信託(後継遺贈型信託)が認められました。
受益者連続型信託を用いると創業者が次世代にいかにして株式や事業を承継していくかという点について創業者の意思を強く反映させることができることもあり、事業承継の場面において活用されることが期待されています。
⑤ ESOP信託
ESOP信託は従業員による会社株式の取得・保有を通じて従業員の福利厚生制度の拡充を図ることを目的とする信託商品です。
2010年ごろに開発されましたが、ESOP信託の導入により、従業員は会社株式の上昇による経済的な利益を享受することができる一方、会社としても従業員の勤労意欲を高める効果が期待できるため、現在数多くの会社において導入されています。
⑥ 民事信託
民事信託は財産管理能力の衰えが懸念される高齢者等の財産を前もって子や孫といった家族等を受託者とする信託で管理するものであり、高齢化社会を迎える日本において重要な役割を果たす可能性があります。
ただし、受託者として信託財産を管理するには専門的な知識が必要とされる場面も多いため、今後は民事信託における受託者をサポートするような商品の開発も検討の余地があるものと思われます。
4 そして新たなステージへ
近年DXを組み合わせた信託商品の開発急速に進んでおり、その代表的なものとして、受益証券発行信託の仕組みを用いたSTO(セキュリティー・トークン・オファリング)というものがあります。
ST(セキュリティ・トークン)とは、法令上明確に定義された概念ではありませんが、一般に株券や社債券などの有価証券に表示される権利をブロックチェーン上で生成・発行されるトークン(証票)に記録したものをいいます。
STについては、2020年の金融商品取引法改正により、電子記録移転有価証券表示権利等と定義され、金融商品取引法における位置づけが明確化され、信託商品の開発も始まりました。
資産流動化スキームにおいて頻繁に利用される信託について、その受益権をSTの形式で小口化したうえで一般投資家にも販売することができれば、さまざまな資産の流動化案件における投資家層の多様化・拡大や資金調達に大きなメリットがあります。
現在信託銀行では受益証券発行信託を用いたSTOを実施していますが、受益証券信託は第三者対抗要件という点において有益なツールであることから、STOにおいて受益証券発行信託を用いることには大きなメリットがあります。
以前の信託商品の開発では、信託という器がまずありきで、その器を使って何ができるのかというアプローチで商品開発をしていましたが、この商品はブロックチェーンという技術の存在が前提となっており、その技術に信託を組み合わせるとどういう商品ができるかというアプローチで商品開発がなされています。
今後はこの商品のように、先進的なIT技術(例えばブロックチェーンやAI)が存在することを前提として、その技術に信託を組み合わせると何ができるのかという発想で商品開発がなされることが多くなると思われます。
5 おわりに
上記のとおり、これまでさまざまな信託商品が開発されてきており、それら信託商品はそれぞれの時代において社会の発展に貢献してきました。また、近年では先進的なIT技術を組み合わせた信託商品が開発される等信託には無限の可能性が存在しています。
今後も社会のニーズに応えるさまざまな信託商品が生み出されることが予想され、それによって私たちが将来よりよい社会を享受することができることになると思われます。私も信託業界にかかわる一員として、そのサポートができればと思っています。
〈参考文献〉
三菱UFJ信託銀行編著「信託の法務と実務【7訂版】」(金融財政事情研究会、2022年)
みずほ信託プロダクツ法務研究会編「新たな信託ソリューションと法務」(金融財政事情研究会、2022年)
弁護士 小野 祐司