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インテグリティとコンプライアンス

1 はじめに

 今日の社会において企業は倫理に基づき行動することが求められおり、確固たる倫理憲章や行動規範(以下これらを総称して「倫理プログラム」と呼びます)を制定することは、企業が倫理的かつサステナブルであるための1つの手段となっています。

 これまで多くの企業はコンプライアンスに基づく倫理プログラムを制定してきました。しかしながらコンプライアンスを基本概念とすることは、ルール違反探しという企業文化に悪影響を与える可能性やルールが多すぎて従業員のいわゆる「コンプラ疲れ」を招く可能性があるといったデメリットがあります。そこで、近年欧米の企業を中心に、インテグリティに基づく倫理プログラムを導入する企業が増えています。

 今回は、倫理プログラム、インテグリティ、インテグリティに基づく倫理プログラムの特徴・コンプライアンスに基づく倫理プログラムの特徴およびインテグリティに基づく倫理プログラムとコンプライアンスに基づく倫理プログラムとの関係性といった点を解説したうえで、最後にビジネスの成功に向けて経営者が考えるべきことについて述べたいと思います。


2 倫理プログラム

 企業における利益の追求と倫理プログラムの存在は相反するものではありません。倫理プログラムは、現代の企業において極めて重要なものであるにも関わらず、残念ながらその必要性について未だ誤解している人がいるというのも事実です。今日従業員は業務遂行の場面において倫理とのジレンマに直面することが多々ありますが、最終的に企業に最も多くの利益をもたらす行動は、倫理的に正しい行動である場合がほとんどです。この点から倫理プログラムは、企業が生産性を高め利益を向上させるための管理ルーツの1つであるということができます。

 企業倫理については多くの議論があり、すべての企業に当てはまる考え方というものはありません。一方、倫理については「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断の普遍的な基準となるもの」と定義することができます。私たちは、子供のころから親族や学校の先生から何が正しくて何が間違いなのかを教えられてきました。この教えが、業務を遂行するにあたりどう行動すべきかを判断する際の重要な基準の1つとなっています。

 1990年代前半にはアメリカにおいて倫理プログラムを制定している企業は全体のうち1割程度でしかありませんでしたが、現在は約8割の企業が倫理プログラムを制定しているといわれています。


3 インテグリティとは

 ビジネスの場面におけるインテグリティとは、いつでも・どのような状況でも誠実で正しい行動をすることと定義することができます。インテグリティは完全・完璧であるという意味を持っており、誠実・高潔・正直などと訳されます。インテグリティを有する人は誠実・完全であり、どのような状況においても、やるべきことをきちんとやる、という人になります。

 インテグリティがいかに重要であるかという点は、MLBで活躍している大谷翔平選手の行動をみるとよく理解することができます。大谷選手は、誰かに見せることを目的とするのではなく、単にそれが正しいことだと自分が信じているからこそ、球場に落ちている小さなゴミを拾ったり、プレーにおいて常にフェアーであり続けようとしています。過去には、それは野球選手としての彼のパフォーマンスには関係ない、それどころか余計な作業が増えるためパフォーマンスを落とすことになるのではないかと懸念する声もありましたが、自分が正しいと信じることに誠実であり続けた結果、世界中から数多くのファンを得て、現在大谷選手のブランド価値は驚異的なものとなっています。


4 インテグリティに基づく倫理プログラムの特徴

 インテグリティに基づく倫理プログラムは、すべての従業員に対して、いつでも・どのような状況でも誠実で正しい行動を行うべきという原則を遵守し、その原則に従って自らを律する(管理・統制する)よう求めるものとなります。従業員に企業の使命や成功にとってこの原則がいかに重要であるかを理解してもらうためには、明確なミッションステートメントをトップダウンの形でアナウンスする必要があります。インテグリティに基づく倫理プログラムを導入した企業では、従業員がビジネスにより深く責任をもってかかわる傾向があり、業務遂行における倫理的な問題についてより進んで上司や同僚に報告をする傾向があります。

 インテグリティに基づく倫理プログラムには、以下の長所・短所があります。

(1)   インテグリティに基づく倫理プログラムの長所

  • インテグリティは倫理をベースとした企業文化を確立するために必要不可欠なものです。インテグリティに基づく倫理プログラムは従業員に協力、社会的責任、信頼といった価値観をもたらし、その結果従業員の満足度を高めることになります。最終的に企業にブランド価値の向上をもたらします。
  • インテグリティに基づく倫理プログラムでは、それをどのように解釈し、どう対応すべきかを考えるのは従業員自身となるため、従業員の行動に柔軟性をもたらします。また従業員が自分の価値観および倫理的な行動について考えるきっかけとなるため、倫理的な組織になることを目指している企業にとって前向きなステップとなります。さらには数多くの従業員の異なる個性や視点が加わることにより、より好ましい企業文化をもたらす可能性があります。

(2)   インテグリティに基づく倫理プログラムの短所

  • 柔軟性が常に良い結果を生むとは限りません。従業員は各人が期待される行動について個別に解釈するため、全員を同じ方向に導くことが困難な場合があります。また従業員がどのように行動すべきかについて明確な方針が存在しないことは、従業員間における対立を引き起こす可能性があります。
  • 従うべきルールや従わなかった場合の処分について明確なルールがない場合、不正行為や不適切な行動をした従業員を企業が処罰することができるのか問題が生じる場合があります。


5 コンプライアンスに基づく倫理プログラムの特徴

 コンプライアンスとは、企業に適用される法律、規制および社内ルール等を遵守することと定義することができます。

 コンプライアンスに基づく倫理プログラムでは、従業員が従うべきルールが明確化されており、ルールに従わなかった場合には罰則が与えられるものとなります。コンプライアンスに基づく倫理プログラムでは、従業員は何らかの道徳的または倫理的な指針によって動機づけられるのではなく、罰則という結果を恐れて行動することとなります。

 コンプライアンスに基づく倫理プログラムには、以下の長所・短所があります。

(1)   コンプライアンスに基づく倫理プログラムの長所

  • コンプライアンスに基づく倫理プログラムには、従業員の行動についての明確なガイドラインに加え従業員に求められる行動例や許容されない行動等が記載されており、従業員が従うべきルールがはっきりしています。
  • 従業員が倫理プログラムに従わなかった場合の結果(従業員に対する処分等)も明確になっています。

(2)   コンプライアンスに基づく倫理プログラムの短所

  • ルールが多すぎて従業員がすべてを理解することができないことがあります。
  • ルールに厳格であることは、企業文化に悪影響を与える場合があります。信頼の文化を促進するのではなく、失敗を非難することを目的にしてしまうと、従業員の士気を低下させる可能性があります。


6 インテグリティに基づく倫理プログラムとコンプライアンスに基づく倫理プログラムとの関係性

 コンプライアンスに基づく倫理プログラムだけでは、本来あるべき企業倫理を追求することはできません。本来あるべき企業倫理を追求するには、インテグリティに基づく倫理プログラムを導入することが不可欠です。ただし、前述しましたようにインテグリティに基づく倫理プログラムには短所もあるため、それを補うためにコンプライアンスに基づく倫理プログラムを組み合わせる必要があります。よって、真に効果的な倫理プログラムを作成するには、インテグリティとコンプライアンスの両方の特性を比較・検討したうえで両者をバランスよく組み合わせたものにする必要があります。


7 ビジネスの成功に向けて

 ビジネスで長期的な成功を得るには、他社と比べて競争上の優位性を築く必要があります。この点における有効的な企業戦略の1つとして、インテグリティとコンプライアンスを組み合わせた倫理プログラムの導入をあげることができます。すなわち、当該倫理プログラムを導入して従業員に企業倫理を浸透させることができた場合、企業のブランド価値やサステナビリティが向上し、競争上の優位性を築けることとなります。また、今日のグローバル経済では、企業は社会の責任ある一員であることが求められており、企業が最終的に利益をあげるためには企業倫理に基づいたビジネスを行う必要があります。この観点からも経営者は企業に適切な倫理プログラムを導入して従業員に企業倫理を浸透させなければなりません。

 その地位の高さのゆえ、経営者の考え方・行動はその企業の文化・企業倫理に最も大きな影響を与えることとなります。組織に企業倫理を浸透させるためには、倫理プログラムを制定するだけでは不十分であり、経営者はその内容について継続的に従業員と対話をする必要があります。また従業員は経営者の行動に注目しているため、企業倫理の浸透のためには経営者がビジネスにおいて倫理的な行動をとることも非常に重要なポイントです。経営者はその点に留意しながら行動する必要があります。

 倫理プログラムはビジネスにおいて生産性を高め利益を向上させるための管理ルールの1つです。インテグリティとコンプライアンスを組み合わせた倫理プログラムを制定し、従業員に企業倫理を浸透させることは、現代の企業においてビジネスを成功へ導くための重要な企業戦略の1つとなっています。


 弊事務所ではガバナンス体制構築に関する各種サポートを行っております。皆さまからのご相談をお待ちしております。


弁護士 小野 祐司

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