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有価証券報告書虚偽記載訴訟に関するファンド受託者らの義務

1 はじめに

 近年、有価証券報告書の虚偽記載が多数生じていることを背景に、信託銀行等が受託するファンドにおいて、虚偽記載をした会社等に損害賠償を求める訴訟が数多く発生しています。
 その場合の原告側のファンドにおけるスキーム関係者としては、受託者、運用者および受益者(以下これらを総称して「受託者ら」と呼びます)がいますが、このような訴訟に関して受託者らがどのような義務を負っているかという点については、現時点で明確な答えは存在していません。
 今回は、有価証券報告書の虚偽記載によりファンドに生じた損害の回復を目的とする訴訟において受託者らがどのような義務を負っているのかについて私案を述べたいと思います。

2 有価証券報告書虚偽記載訴訟

 有価証券報告書虚偽記載訴訟の概要について説明しますと、過去になされた主なものとしては、西武鉄道訴訟、オリンパス訴訟、東芝訴訟といったものがあり、それはある会社が有価証券報告書の虚偽記載をしたことにより当該会社が発行する株式の価額が下落したため、当該株式の所有者が被った損失を取り戻すことを目的として、当該会社等を訴えるというものになります。
 この訴訟においては、ファンドの受託者が原告となり、有価証券報告書の虚偽記載をした会社、会社役員および監査法人等が被告となります。上記訴訟の裁判では、原告の被告らに対する損害賠償請求権が認められています。

3 受託者らによる訴訟遂行の流れ 

 有価証券報告書の虚偽記載に関する訴訟遂行の流れは以下のとおりとなります。
(1)提訴判断
    以下の流れで提訴するか否かを判断します。
 ①    会社による有価証券報告書虚偽記載の事実に関する確認
 ②    該当する株式を保有するファンドの調査
 ③    該当する株式を保有するファンドにおける損失額の調査
 ④    訴訟を提起した場合にかかる費用および勝訴可能性の調査
 ⑤    勝訴した場合に得られる金額の調査
 ⑥    上記①~⑤を踏まえた訴訟を提起するか否かについての判断(必要に応じて提訴判断の合理性に関する弁護士意見書を徴求)
(2)提訴から訴訟終結まで
    受託者が原告となり有価証券報告書の虚偽記載をした会社等を被告として訴訟を提起します。受託者は裁判の進行状況等につき適宜受益者に報告します。
(3)訴訟終結時
    和解応諾もしくは上訴するか否かを判断します。

4 受託者の義務

 年金信託契約書や投資信託約款には、受託者が行うべき信託事務の処理の範囲に訴訟遂行に関する事務が含まれるかどうかという点は通常は記載されていません。よって訴訟を遂行することが信託事務の処理の範囲内かどうかを判断するには、契約当事者の意思を客観的事実を踏まえ合理的に解釈する必要があります。訴訟遂行には提訴判断に至るまでに多くの調査・確認手続きが必要なだけでなく、提訴した場合、弁護士費用をはじめとする様々な訴訟費用がかかるため、多額のコストが発生します。その一方、勝訴の可能性・勝訴した場合の回収額等訴訟により得られる利益は明確ではありません。したがって、訴訟遂行によりどのような損益が発生するかについて不確実なところがあることから、訴訟遂行によって生じる損益が帰属することとなる受益者が訴訟遂行に関する判断をすべきであり、訴訟を遂行することは受託者の信託事務の処理の範囲には含まれない、と考えるのが契約当事者の意思の解釈として合理的と思われます。そうしますと、訴訟を遂行することは受託者の信託事務の処理に含まれないこととなるため、受託者は訴訟遂行に関する義務は負わないと解釈するのが妥当と思われます。
 ただし、信託銀行が有している年投口という商品においては、個々のファンドのマザーファンドとなっていることから、多数の受益者が存在しており、それら多数の受益者の意向を確認することは事実上困難となっています。そのような事情を踏まえると当該商品においては受益者は受託者に訴訟の遂行を含むすべてを任せていると考えるのが合理的であり、受託者は訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われます。したがって、当該商品においては提訴の判断や和解応諾の判断も受託者がすることになります。なお年投口では、受益者が入れ替わることが多々あり、訴訟を提起する時点での受益者の顔ぶれと勝訴により損害賠償金がファンドに支払われる時点での受益者の顔ぶれが異なることがあります。そうすると受託者が提訴をするか否かの判断をする際は、そのような点も考慮したうえで合理的な判断をする必要があります。
 また受託者が世の中で行われている有価証券報告書虚偽記載訴訟に関する情報を当該訴訟に関連する株式に投資していたファンドの受益者に提供する義務があるかという点については、上記のとおり、訴訟を遂行することは信託事務の処理の範囲内には含まれないと考えられるため、受託者は訴訟に関して受益者に情報提供する義務を負わないと解釈するのが妥当と思われます。ただし、受託者が年投口について提訴すると判断した場合には、後日他のファンドの受益者より受託者が提訴したことを知らされなかった(知っていたら当該受益者のファンドでも提訴していたのにその機会を逃した)と言われる可能性を考え、ビジネス上のサービスとして年投口が提訴するという情報を受益者に提供するということも検討の余地があると思われます。

5 運用者の義務

 受託者と異なる者が運用者となっているファンドの場合、まず仮に訴訟遂行について受託者もしくは運用者のいずれかに権限があるとした場合、受託者と運用者のどちらが訴訟遂行に関する権限を有しているのかという点を検討する必要があります。投資一任契約や投資信託契約には、訴訟遂行に関する権限は誰がもっているのかという点は通常明記されていませんが、契約上ファンドの運用権限を有するのは運用者であると記載されており、また有価証券報告書虚偽記載訴訟はファンドにおいて運用する株式にかかるものであることから、運用者に訴訟遂行に関する権限があると解すべきと思われます。
 次に、運用者が行うべき職務の範囲に訴訟遂行に関する事務が含まれるかどうかという点を検討すると、投資一任契約や投資信託契約については、通常この点について記載はないため、契約当事者の意思を客観的事実を踏まえ合理的に解釈する必要があります。
 この点、投資一任契約については、前述しましたとおり、訴訟遂行には様々なコストがかかる一方、回収金額等訴訟により得られる利益は明確でないことから、訴訟遂行によって生じる損益が帰属することとなる受益者が訴訟遂行に関する判断をすべきであり、訴訟を遂行することは運用者の範囲には含まれない、と考えるのが契約当事者の意思の解釈として合理的と思われます。そうしますと、訴訟を遂行することは運用者の職務に含まれないこととなるため、運用者は訴訟遂行に関する義務は負わないと解釈するのが妥当と思われます。
 一方、投資信託については、個々のファンドにおいて多数の受益者が存在しており、それら多数の受益者の意向を確認することは事実上困難であるため、前述した年投口と同様、投資信託においては受益者は運用者に訴訟の遂行を含むすべてを任せていると考えるのが合理的であり、運用者は訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われます。したがって、提訴の判断や和解応諾の判断も運用者がすることになります。なお投資信託では、前述した年投口と同様、受益者が入れ替わることが多々あり、訴訟を提起する時点での受益者の顔ぶれと勝訴により損害賠償金がファンドに支払われる時点での受益者の顔ぶれが異なることがあります。そうすると運用者が提訴をするか否かの判断をする際は、そのような点も考慮したうえで合理的な判断をする必要があります。

6 受益者の義務

 受託者・運用者が訴訟遂行に関する義務を負わないファンドにおいては、ファンドの損益が帰属する受益者が訴訟遂行に関する判断をする権限を有していると解釈すべきと思われます。また、受益者が年金基金である場合、その理事は受託者責任を負っているため、当該受託者責任の範囲内で訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があると思われます。

7 有価証券報告書虚偽記載訴訟をする意義

 金融商品取引法において有価証券報告書による開示が義務付けられている理由は、証券の価値にかかわる情報を開示させ、利益を求めて行動する投資者の当該情報に基づく判断がされることを通じて、市場において証券の適正な価格形成を図ることにあります。もし開示された情報が真実ではない場合には、投資者の判断を誤らせ、市場において効率的な資源配分を達成できないことになります。
 また金融商品取引法では有価証券報告書に虚偽記載をした会社に民事責任を負わせています。虚偽記載があった場合に損害賠償責任を負わせることにより、被害を被った者を救済するとともに、発行者に対して真実でない情報を開示させないという予防的な機能を発揮することができます。
 よって有価証券報告書に虚偽記載をした会社に対して訴訟を通じて損害賠償責任を追及することは、ファンドの損害の回復ができるだけでなく、有価証券報告書の提出義務を負う会社に対して虚偽記載をさせないという予防的機能も有することとなり、適正な市場を構築する手段として非常に重要な役割を担っているということができます。

8 おわりに

 前述したとおり、年投口や投資信託といった受益者が多数となるファンドにおける受託者・運用者は有価証券報告書虚偽記載訴訟に関して訴訟遂行の義務を負っていると解する余地があるため、受託者・運用者は訴訟遂行に関する判断を適切に実施することができる体制の構築という点において留意が必要と思われます(なお判断プロセスが適切かつ合理的な判断である場合、提訴しないと判断しても問題ありません)。またそのようなファンドにおいて提訴するか否かを判断する際には将来受益者が入れ替わることも考慮して判断をする必要があります。
 受託者・運用者が訴訟遂行に関する義務を負わないファンドにおいては、ファンドの損益が帰属する受益者が年金基金である場合、その理事は受託者責任の範囲内で訴訟遂行に関する義務を負うと解する余地があります。
 訴訟遂行に関する義務を負っている受託者らは、上記の点および有価証券報告書虚偽訴訟は有価証券報告書の提出義務を負う会社に対して虚偽記載をさせないという予防的機能を有しており、適正な市場を構築する手段として非常に重要な役割を担っているという点について十分留意したうえで行動する必要があります。

弁護士 小野 祐司

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