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法務部署の組織体制作りとインハウス弁護士の活用

1 はじめに

 企業の法務部署に求められる役割は近年大きく変化しています。これはAIやブロックチェーンをはじめとする新たなIT技術によるビジネスモデルの進展や日本の経済成長の減速といった企業を取り巻く環境の目まぐるしい変化により、企業の経営戦略が新商品の開発や新しい事業・マーケットへの進出等にシフトしていることから生じているものです。

 求められる役割が変化したことにより、今日の企業にとって法務部署の組織体制をどのようなものにすべきかという点が大きな悩みとなっています。

 企業における各部署の役割をどう位置づけ、どのような組織体制とするかは、企業の歩んできた歴史や業務規模・内容により様々な考え方があり得るところですが、今回は、今日の企業における法務部署に求められる役割や近年増加しているインハウス弁護士の活用といった点を踏まえた法務部署の組織体制の整備について、大手金融機関で法務部を新設した私の経験談を交えてお話しさせていただければと思います。

2 法務部署の役割

 一昔前までは、法務部署に求められていた一番重要な役割は、法令をチェックし企業活動において法令違反が起こらないようにするという点にありました。この考えは特に大企業において顕著であり、当時の法務部署においては、法令等遵守に関する社内ルール作成や社内研修を行うコンプライアンス部署と一体となって法令違反に関して強固な防波堤となることが最も重要な役割であると認識されていました。

 しかし、新たなIT技術の発展や日本の経済成長の低迷等により、既存のビジネスを継続しているだけでは企業を成長させることは難しい状況となってきています。そこで大企業においても新商品の開発や国内外企業のM&Aといった新たな事業・マーケットの開拓といった新規ビジネスの創出が極めて重要な企業戦略の1つとなってきています。

 新規ビジネスを創出する際には、新たなスキームに関する法令上の是非を判断するだけでなく、当初考えたスキームが法令上問題がある場合には法令上問題とならない代替スキームを考える等法務能力の有無が新商品開発の是非を決定づけることが多々あります。そのため今日の法務部署には新商品の開発や国内外企業のM&Aにおいて大きな役割を果たすことが求められるようになってきており、単に法令面のチェックをするだけでなく、現場部署と一緒になってどのようなスキームであれば適法なビジネスを生み出せるのかという知恵出しもすることが求められるようになってきました。その結果、過去においては法務部署はビジネスにおいて法令違反をしないためのブレーキとしての役割が重要であると認識されていたところ、今日ではビジネス推進におけるアクセルとしての役割のほうがより重要であると認識されるようになっています。

3 法務部署とコンプライアンス部署・現場部署の関係

 法務部署に新商品の開発や国内外企業のM&A等における推進役といった役割が求められることになると、法務部署とコンプライアンス部署また法務部署と現場部署との関係についても再考する必要が出てきます。

(1)法務部署とコンプライアンス部署との関係

 法務部署に新商品の開発や国内外企業のM&A等における推進役といった役割が求められるようになってくると、今まで法令等遵守対応を一体となって行ってきた法務部署とコンプライアス部署の関係性についても変化が生じます。すなわちコンプライアンス部署は法令違反にならないための社内体制づくりにおいて保守的な対応をとることが重要である一方、法務部署には法令違反となるのはどのラインかという線引きにおいて新商品・M&Aが法令違反とならない範囲を積極的に探すことが求められることとなります。

 このような状況になると、法務部署とコンプライアンス部署が同じ部となっている場合、部長にはアクセルとブレーキの両方の役割を求めることとなり、難しいかじ取りを迫ることとなるため、法務部署をコンプライアンス部署から分離するという考え方もでてきます。

(2)法務部署と現場部署との関係

 コンプライアンス部署は2線として現場部署である1線のチェックをする役割が求められるところ、法務部署は現場部署である1線をよりサポートする役割が求められることとなります。そうしますと、もし現場部署にも法務担当者がいる場合、新商品開発・M&Aへの迅速な対応をすること等を目的として、その役割を統合してしまう(例えば法務部署の担当者が現場部署を兼務する)という考え方もでてきます。

 なお法務部署の担当者に現場部署を兼務させた場合、3ラインディフェンスの考え方をとっている企業において法務部署をどのラインに位置付けるかという問題が生じます。

(3)3ラインディフェンスとの関係

 日本の企業において法務部署を3ラインディフェンスにおける2線として位置づけている企業が多いと思いますが、本当にその位置づけでいいのかといった点について再考する必要が出てきます。そもそも法務部署を3ラインディフェンスのどこに位置付けられるかという点について、アメリカにおいては、法務部署は1線・2線・3線のすべてにアドバイスをする役割を担っているため、そのいずれでもないとする意見も主張されています(また法務担当役員はGC(ジェネラル・カウンセル)として経営にも関与し取締役会等に助言をする立場であるとして法務部署が2線であるとする考え方とは一線を画す立場をとる企業もあります)。

4 法務部署の組織体制作り

 法務部署に求められる役割が変化してきている今日において法務部署をどのような組織体制とするかを考える際には、以下の事項を検討する必要がでてきます。

(1)   ミッションの明確化

 現在会社が置かれている状況を分析したうえで、法務部署のミッションを新商品の開発や国内外企業のM&A等において現場部署と一体となって行動する企業戦略の重要部署と位置付けるのか、それともビジネス遂行において法令違反を起こさないための法令チェックを最大のミッションと考えるのか、法務部署のミッションを明確化する必要があります。

(2)   コンプライアンス部署・現場部署との関係

 前述しましたとおり、法務部署とコンプライアンス部署を分離すべきかどうか、また法務部署の担当者に現場部署を兼務させるかどうかといった点を検討する必要があります。

 なお法務部署をコンプライアンス部署と分離した場合、両部署はどちらも法令に関する業務を行っていることから、分離時にそれぞれの部署が所管する業務範囲を明確にしておかないと、どちらの部署がどの業務を所管するのかについて後で両部署間で争いが起きる可能性があることについて留意が必要です。また法務部署の担当者に現場部署を兼務させた場合、当該担当者の人事評価をどのようにするのかという点を人事部署と相談のうえ決定しておく必要があること、さらには当該担当者は法務部署と現場部署の両方の部署長に報告することとなるため当該担当者の報告の負担をなるべく軽減させる方策を考える必要があることに留意が必要です。

(3)   3ラインディフェンスにおける法務部署の位置づけ

 3ラインディフェンスの仕組みを採用している企業の場合、法務部署を2線と位置付けるのか、それとも1線と位置付けるのかを検討する必要があります。

 既に社内ルールにて法務部署が2線であると決めている企業の場合、当該ルールを改定して法務部署の位置づけを1線に変更する、または法務部署は2線のままとして、法務部署内に2線としての位置づけを持つ担当者・ラインを設けるとか、法務部署の部長・次長に2線としての役割を求めるといった方策を検討する必要があると思われます。

(4)   海外拠点の管理

 法務部署の役割が重要かつ大きくなってきますと、海外拠点の管理方法について、当該拠点の経営管理を担当している部署が海外拠点の法務リスク管理についても所管するのか、それとも法務部署が海外拠点の法務リスク管理を所管するのかについても検討する必要がでてきます。法務部署が所管するとした場合、法務部署に英語能力を有する人材を配置する必要が出てくることに留意が必要です。

(5)   法務部署の人材確保・人材育成

 法務部署の所属員は法務の専門知識を有していることが必要であることから、企業内において法務能力を有する人材の確保および育成が必要となります。

 日本の場合、ジェネラリストになることを希望して入社する人が多いこともあり、法務のバックグラウンドを持たずに新卒入社した人を入社後法務人材として育成するには限界があります。そのため弁護士有資格者を新卒もしくは中途で採用し、その人たちに実務を理解してもらうという形で育成することが法務部署における人材確保・育成における1つの方法として重要な戦略となってきます。

 インハウス弁護士の活用方法については、以下に項目を分けて記載します。

5 インハウス弁護士の活用

 法務部署は法務の専門家集団である必要があり、また現在は非常に多くの弁護士がインハウスとして活躍していることから(※)、社内における法務能力の向上に力を入れている企業は、弁護士有資格者を採用して活用することが重要な企業戦略の1つとなっています。

 インハウス弁護士の採用・育成を実施する際には、以下の点を考慮する必要があります。

(1)   活用方法

 インハウス弁護士の活用方法としては、配属部署については、①異動はさせず法務部署内で活用する、②法務部署以外の部署にも転勤させて幅広い業務経験を積ませる、といった選択肢があり、また法務部署におけるインハウス弁護士が対応する業務については、③外部弁護士に求めることは難しい業務をさせることに重きを置き、新商品の開発等において案件初期段階から現場部署と一体となって検討するといった仕事に注力させる、④外部弁護士へ支払う費用を削減すること(外部弁護士にお願いする業務を内製化すること)に重きを置き、法令のチェックといった仕事に注力させる、といった選択肢があります。

 上記の選択肢のいずれを選ぶかによって、どのような人を採用するのかという方針も定まります。

(2)   その他採用に際して考慮すべき事項

 ①司法修習直後に新卒としてとるのか、それとも弁護士事務所や他の企業の経験を有する人を中途採用するのか、といった点や②給与体系について他の職員と同じにするのか、それとも他の職員とは異なるものにするのかといった点等を考える必要があります。

(3)   育成方法

 弁護士有資格者は学生時代から企業に勤めることを念頭に置いていた人とは異なるマインドを持っている可能性もあるため、育成方法については、よく検討する必要があります。特に弁護士有資格者を初めて採用する企業の場合、初めて採用されたインハウス弁護士にはロールモデルがおらず企業の風土やルールに慣れるのに苦労することが多いという点に留意が必要です。

6 おわりに

 今日の企業において法務部署をどのような組織体制にするのか、またインハウス弁護士をどのように活用するかという点は企業戦略における重要な課題の1つとなっています。また組織の在り方については、個々の企業における歴史や業務内容・規模により正解はさまざまであり、すべての企業に当てはまる唯一の答えというものはありません。

 法務部署をどのような組織体制にするにしても、企業の成長に資するものにするという信念を持ったうえで、短期間で結果を求めるのではなく、ある程度の時間をかけて試行錯誤を重ねながらよりよい組織体制を構築していく必要があると思われます。


 弊事務所では法務部署の組織体制作りに関するコンサルティングを行っております。皆さまからのご相談をお待ちしております。


(※)経営法友会「会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告」(商事法務、2022年)によりますと、2010年時点においてインハウス弁護士がいる企業の割合は9.2%(1,035社中95社、182名)でしたが、2020年時点においては28.3%(1,224社中346社、1,108名)となっており、社数・人員数ともに飛躍的に増大しています。


弁護士 小野 祐司

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