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東京地裁平成31年2月26日[LEX/DB 文献番号 25558963]の解説

 当職が携わった裁判例(東京地裁平成31年2月26日[LEX/DB 文献番号 25558963])について、法律雑誌(仲卓真『大株主の判断能力が低下した場合における意思能力の存否に関する裁判例の分析』商事法務2374号4頁)にて、大阪公立大学の仲卓真准教授の研究対象とされましたので、本裁判例について簡単に解説をいたします。
 なお、当職は原告代理人となります。

【事案の概要】
 本件は、Y社の前代表取締役かつ株主であったB(以下、「B」という。)の配偶者であるXが、Bから相続したY社株式の権利行使者として、Y社に対し、平成28年12月3日付けY社の臨時株主総会(以下、「本件株主総会」という。)における取締役及び監査役を選任する旨の決議の取消しを求めるとともに、選択的に,上記決議が不存在であることの確認を求める事案である。
 前提事実として、平成28年12月3日当時、AはY社の株式1万2500株、BはY社の株式7500株を保有しており(発行済株式総数2万株)、本件株主総会において、取締役に4名を、監査役に1名を選任する旨の決議(以下、「本件決議」という。)が行われた事実が認定されている。係る決議により、AはY社の取締役から外されている。
 そして、本件株主総会には、B、Bの代理人であるM弁護士、C及びAの代理人であるO弁護士が出席した。
 なお、BはAの母親であり、Aはその子であるCと同居していた。

【争点】
 本件の争点は、以下の3つである。
① 本件株主総会にAが出席しておらず、本件株主総会決議は分存在であるか
② 本件株主総会における招集手続に瑕疵があるか
③ 本件決議方法に法令もしくは定款に違反する瑕疵があるか

 なお、争点①については、Aは、Cに対して本件株主総会において議決権を行使する権限を、O弁護士に対して本件株主総会決議に出席する旨の委任状を作成し、当該委任状に従い、本件株主総会が開催されたところ、Xは、Aが株主総会決議に関する委任状を作成するに必要な意思能力を欠いていたから、Aの委任は無効であり、総議決権の62.5%を有するAが本件株主総会決議に出席していなかったので、当該決議は法的に不存在であるものと主張した。
 したがって、争点①については、Aの意思能力の有無が実質的な争点となり、上記論文の研究対象となったものである。

【裁判所の判断】
争点①について

 Aは、平成27年11月から平成29年4月にかけて、複数の医師から診察を受け、いずれも長谷川式等の検査を受けたうえで、認知症の疑いはない旨の診断を受けている。
 そして、前記認定事実のとおり、Aは、Bが相続した土地を売却したことに不快感を示しており、Bが、Y社が所有するαビルの底地を自身に売却する旨の決議を行おうとした際も、O弁護士を通じてこれに抗議するとともに、Bに対して大声で怒鳴らないよう要請していたことに照らせば、本件株主総会において、AがBをY社の取締役に再任しないとの意向を示すとともに、Bと顔を合わせることを避けて、O弁護士及びCに本件株主総会への出席及び議決権の行使を委任したことも理解可能な行動であるといえ、Aは委任の行為の結果を認識したうえで、委任行為をしたものと認められる。
 よって、Aが、平成28年12月2日当時、株主総会決議に関する委任状を作成するに必要な意思能力を欠いていたと認めることはできない。

争点②について

 Bの代理人であるM弁護士及びAの代理人であるO弁護士の間では、平成28年10月5日以降、FAX及び電話のやり取りにより、Y社の株主総会の開催について打合せが行われ、同年11月22日に、O弁護士が、決算書類の承認、任期満了による取締役の退任に伴う新しい取締役の選任等を議題として、同年12月3日午後4時から、Y社の本店所在地であるAの自宅において株主総会を行う旨を記載した書面をM弁護士に対してFAXしたことが認められる。
 この点、Y社は、同年11月22日のO弁護士がM弁護士に送信したFAXをもって、取締役による提案が行われたと主張するようであるが、当該FAXに記載された議題には、本件決議の内容である、任期満了による監査役の退任に伴う新しい監査役の選任の件が含まれておらず、他方、本件株主総会では決議されていない決算書類の承認の件が含まれている。また、M弁護士は、同月30日の時点において、本件株主総会の議題が、株主配当の承認、取締役の選任及び退職慰労金贈呈の承認であることを前提として、Bと株主総会の進行を打合せており、これらの事実に照らせば、同月22日の時点では、Y社の取締役であるB、A及びCの間で、本件株主総会における議題について共通した認識が形成されていたと認めることはできない。
 また、O弁護士による同月22日のFAXが取締役による提案であるとしても、M弁護士はこれに対して電話で返答をしており、取締役であるBが書面により同意の意思表示をしたということもできない。
 よって、M弁護士及びO弁護士のやり取りをもって、会社法370条等に定める取締役からの提案が行われ、これに対する取締役全員の書面による同意の意思表示があったと認めることはできず、本件株主総会の招集手続には、取締役会決議を欠くとの瑕疵があったといわざるを得ない。

争点③について

 Y社の株主総会においては、代表取締役が議長を務めることとされており、代表取締役に事故、もしくは支障があるときは、あらかじめ定めた順序により、他の取締役がこれに代わるとされている(本件定款20条)。
 前記認定事実によれば、本件株主総会においては、Bに対する議長不信任の動議の提出や、Cを議長に選任する旨の決議等が行われないままに、当初からCが議長を務めており、決議の方法が定款に違反しているといわざるを得ない。
 Y社は、Cが議長として本件株主総会の議事を進めることに、B及びM弁護士は異議を述べていないため、本件定款20条の「社長に事故、もしくは支障があるとき」に該当すると主張する。この点、Bが本件株主総会に欠席していれば、株主総会の運営、議事進行に支障を来す場合にあたると解する余地があるものの、前記認定事実によれば、Bは本件株主総会に出席しており、単にCが議長として議事の進行を開始したことに対して、明示で異議を述べなかったというにとどまるのであるから、欠席の場合と同視して、株主総会の運営、議事進行に支障を来す場合であったと認めることはできず、これをもって、本件定款20条の「事故、もしくは支障があるとき」に当たると解することは相当でない。
 また、Y社は、本件株主総会はAから議決権行使を委任されたC及びBの同意のもとに、議長がBからCへと交代したのであるから、議長の交代は決議の瑕疵に当たらないと主張するが、本件株主総会において、Bに対する議長不信任の動議の提出、Cを議長に選任する旨の決議等が何ら行われていないことは上記のとおりである。
 よって、適法な手続を経て議長の交代が行われたとは認められず、Cが議長を務めたことについては、決議の方法が定款に違反している瑕疵があるといわざるを得ない。

 裁判所は上記の判断を行い、本件株主総会の招集手続及び本件決議の決議方法には、法令または定款に違反した瑕疵があるとして、本件株主総会決議の取消しを認めました。

【争点①の判断に関する雑感(原告代理人の立場から)】
 上記論文において、本判決の特徴として、(a)精神的能力の程度に関する医師の診断、(b)議決権行使の委任の内容が本件の具体的な状況の下で合理的であることの両方を手がかりとして意思能力の存否を判断していると評されています。
 この点、(a)について、確かにAは、複数回、長谷川式簡易知能評価スケール、及びMMSEにおいて満点に近い高得点を出しており、認知症ではない旨の医師の診断を得ているのですが、これらの診断書の作成者の中には、美容皮膚科専門の医師も含まれ、当該医師はAの自宅まで出向いてわざわざ診断を行っている事実も存在するのであり、診断書の信用性に大きな疑問があることや、長谷川式簡易知能評価スケール、及びMMSEの検査項目を検証してみても、Aの回答には一貫性がなく、得点操作が疑われる点も主張しておりました。なお、AはY社側が行った診断・検査の前に、かかりつけの医師の診察により、長谷川式簡易知能評価スケールの検査において基準値を下回る得点であり、アルツハイマー型認知症の診断を受けていました。
 本判決では、原告側が主張した診断書の信用性や診断を受けた動機・経緯等に関する検討が一切なされておらず、単にY社側が行った診断結果を手放しで信用している点は、大いに疑問であるものと指摘せざるを得ません。

 また、(b)について、原告代理人としては、本件委任行為の内容として、Aが本件株主総会に出席する権限をO弁護士に委任し、本件株主総会において議決権を行使する権限をCに委任するという、別々の委任状(2通)を敢えて作成したことの不合理性も主張しておりました。すなわち、単に議決権の代理行使を委任するのであれば、Cへの委任状を1通作成すれば済むはずであり、敢えて2通の委任状を作成した動機が不明です。また、Aが元来有している株主としての出席権と、株主としての議決権の行使を分離して委任した場合、理論的に考えると、Cは議決権の行使は可能であるが、本件株主総会決議には出席できないことになり(出席権限はO弁護士に委任しており、CはY社の株主でもないため)、他方で、O弁護士は本件株主総会に出席はできるが、議決権の行使はできない(Y社の定款上、議決権の代理行使は株主に限られるため)ことになりそうです。
 そのため、こうした不自然な委任行為を意思能力が健全なAが敢えて行うのか、他者の働きかけがあってこうした委任状が作成されたのではないかという点について、もっと踏み込んだ判断がなされても良かったように思われます。

 なお、本判決の手続的な点について付言すると、本争点の証拠調べにおいて、Aの証人尋問は実施されていないため、仮に、Aの証人尋問が実施された場合には、異なる判断に至った可能性もそれなりに高いのではないかと考えられます。

 本判決では、争点②、争点③の会社法上の論点につき、双方当事者の主張立証において、それなりに結論が先読みできた事案であることから、裁判所においても争点①については踏み込みすぎず、争点②と争点③の判断で結論を出したのではないかと推測されます。
 株主総会決議の有効性を争う訴訟では、大企業の委任状勧誘や敵対的買収などの事例がイメージされることが多いのですが、親族経営の多い中小企業においてこそ、法的紛争に発展しやすいものといえます。また、中小企業であるが故に、株主総会の運営について、会社法上の所定の手続を遵守していないケースは少なくないと思われますので、本裁判例は、注意喚起の点でも参考になる事例と評価できるでしょう。

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